訪問先は船!? ケイさんの教え

こんにちは。作業療法士の川本健太郎です。

私はこれまで、病院、介護施設、在宅など、あらゆる場面で作業療法士として仕事をさせてもらっています。

時には地域の保健師さんから依頼を受けて、対象となる方のご自宅に訪問することもあります。

今回の話は、そんな保健師さんからの依頼を受けて伺った、ある船乗りの方との忘れられないお話をしたいと思います。

今回も事例でのお話になるのでかなり長めの話になります。

事例が長く感じて結論だけが欲しいと思う方は、目次から目的の項目までジャンプしてくださいね。

 

保健師さんからの電話


 

「川本さん、ちょっと時間がありますか?」

 

私が在宅の訪問に出るようになって3年目、保健師のAさんとは地域の在宅障害者支援で知り合いました。

Aさんはとても活動的に地域の問題を見つけては私に相談に来られる方で、とにかく明るく元気な方でした。

そしてAさんが私に「時間ありますか?」と聞いてこられる時には、とても対応が難しいケースを紹介してくださることが多く、Aさんからの電話を受けると何故だか少し緊張していたことを覚えています。

 

「何かお困りですか?」

 

と私が聞くと、

 

「実は、ケイさん(仮名 男性)というALS(筋萎縮性側索硬化症:きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)の方で、船の上で生活をされてて困ってるそうなんです。ちょっと一緒に訪問してもらえませんかね?」

 

とAさんからの返事でした。

私は耳を疑いました。

 

「“船の上”って?“家”の間違いじゃないの?」

 

と聞き返しても、Aさんは

 

「船の上で生活しておられるんで、船でもあり家でもあるんです。」

 

とのことでした。

 

ケイさんとの出会い


 

ケイさんはALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気の方でした。

ALSとは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気です。

しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受けます。

その結果、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていきます。

その一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通です。

<参考:難病情報センター

保健師のAさんから聞いていた話では、ケイさんは足腰の力や口からの食事をとる力は比較的良い状態で保たれているけれど、腕の力が弱くなっていて、物を動かしたり物につかまったりすることが難しくなっているとのことでした。

Aさんの話から、私はケイさんについて

 

「いかだ(筏)か、せいぜい小さな漁船で一時的に暮らしているだけだろう」

 

と思っていました。

その私の思い込みは、一瞬にして驚きに変わりました。

実際に訪問してみると、ケイさんのお宅(?)は何万トンもある貨物船であり、ケイさんはその船長さんとして、貨物船の船内で1年のほとんどを息子さんと船員さん達とで過ごし、全国の港を回っているとのことでした。

しかも、積荷によっては、海外に行くこともしばしばあると言われ、私は開いた口が塞がらないくらい、驚きました。

私たちが訪問した日も、ケイさんが病院受診する日に合わせて寄港したタイミングだったため、翌日にはまた遠い港まで出港してしまい、次にケイさんに会えるのは1ヶ月以上も先になるとのことでした。

ケイさんの問題解決のために使える時間は

 

1日

 

のみ。

しかも、今夜中に積荷を降ろして新しい荷物を積み込む作業があるため、実際に使える時間は

 

2時間

 

でした。

 

ケイさんからの相談内容


 

ケイさんの今回の相談は、

 

「食事の時に腕が上がりづらいのをなんとかして欲しい」

 

「ベッド周りの調整をして欲しい」

 

ということでした。

私はケイさんと息子さんの案内で、船の中に入らせていただき、ケイさんの身体の動きや一通りの環境などの評価を行いました。

腕が上がりにくいことに関しては、『ポータブルスプリングバランサー』という、腕の動きをサポートしてくれる道具が使えるのではないかと思い、ベッド周りに関してはベッドまでに上がる台を使えば簡単にできるようになるのではないかと考えました。

 私は一通りの評価を終えて、いったん自分の仕事場に戻り、『ポータブルスプリングバランサー』とスプーンやフォークを差し込んで使える『ユニバーサルカフ』という道具、足台になりそうな簡単な台を持って急いで仕事場から船まで戻ってきました。

 

船に戻り、ケイさんに『ポータブルスプリングバランサー』を試すために、船内の食堂で実際に使ってもらいました。

ケイさんから返ってきた言葉は、

 

「これは便利じゃが、ここじゃ使えんね」

 

でした。

理由を聞くと、

 

「船は揺れるじゃろ。

これだと船が動くたびに腕が持っていかれるけん、ダメじゃわ。」

 

とのことでした。

また、足台に関しても、

 

「船が揺れた時に、これがあっちこっちにいごいた(動いた)ら、他の船員にケガさせてしまうわ。

この台が機械とかをめがす(壊す)可能性もあるから、危なくて使えんね。」

 

とのことでした。

 

住環境の整備で船の動きを想定しないといけない

 

という、今までに経験したことのない状況に私は戸惑うばかりでしたが、とにかく時間もない中で知恵を絞るしかないと思い、その場にいる全員を交えて意見を出し合いました。

結局、食事の際にはテーブルの上にスノコ台を加工した物を置いて、テーブル台として使ってもらい、手には『ユニバーサルカフ』を着けて食事をしてもらうことにして、ベッド周りに関しては次回までの課題にさせてもらいました。

<テーブル台を作り『ユニバーサルカフ』を着けて食事をしてもらう>

<ベッドに上がるまでが大変。収納と船の揺れを考えないといけない>

 

ケイさんが誇りにしていたこと


 

訪問時間終了が迫る中、ケイさんは私たちをブリッジに連れて行ってくださいました。

およそバリアフリーからはほど遠い環境の中で、ケイさんは四方が見渡せる最上階のブリッジがとても好きだと何度も話してくれました。

 

 

<ケイさんお気に入りのブリッジにて>

 

「ここは見晴らしが最高なんよ。

ここからいろんな物を見てると、世の中が小さく見える。

自分の悩みも小さく思える。

海に出ると、あとは自分と仲間を信じるしかないじゃろ。

海の上では、冷静さを失った者や目の前のことに一所懸命向き合わん者は生きていけんのよ。

周りのもん(人)は、ワシの病気を心配しよるけど、ここで『陸に上がったカッパ』になったら、ワシは一気に悪くなる思う。

だから大海原に出れるうちは、ワシもまだまだ現役をやめるわけにはいかんよ。」

 

というケイさんはケイさん自身に言い聞かせているようでもあり、私たちへのメッセージでもあるようでした。

すでに直接舵を握ることが難しい状況にあっても、ケイさんはまだ丈夫な足腰を使って船内をくまなく動いて船長としての役目を果たし、50年以上の船上生活の場で鍛えられた船乗りの勘は、船員さん達から必要とされていました。

私たちは次の寄港までに考えておかなければならない課題を胸に、ケイさんを見送りました。

 

ケイさんが教えてくれたこと


 

それから短い時で1ヶ月、長い時で半年おきにケイさんの船=家に訪問して、そのつどケイさんの悩みや問題を解決していきました。

いずれケイさんは『陸の上のカッパ』になるのかもしれないと思いながらも、私は自分にできることを一個ずつ丁寧に対応していきました。

ケイさんからは

 

「あんたもまだまだじゃのう」

 

と何度もダメ出しをいただきました。

でも、私はとにかく一つ一つのことに丁寧に向き合いました。

そんな私にダメ出しをするケイさんは、いつもニコニコしながら私にダメ出しをしていました。

 

私が関わらせていただいて3年後、少し風邪をこじらせたケイさんは入院先の病院で亡くなられました。

 

住んでいる環境は違えども、そこに住む人が

 

やりたいことを

 

やりたい時に

 

やりたい場所で

 

やりたいように

 

できることを支える

 

ことが、作業療法士の役割なんだと改めて教えてもらうとともに、

 

現状に満足せず

 

常にまだ何かできないか

 

もっと良くならないか

 

を対象者の方(クライエント)と一緒に考えていくことの大切さもケイさんを通じて教えてもらいました。

 

まとめ


 

今回は、ケイさんを通じて

住んでいる環境は違えども、そこに住む人が

 

やりたいことを

 

やりたい時に

 

やりたい場所で

 

やりたいように

 

できることを支える

 

のが、作業療法士の役割であり、

 

現状に満足せず

 

常にまだ何かできないか

 

もっと良くならないか

 

を一緒に考えていくことの大切さをケイさんを通じて教えてもらった話をしました。

医療・介護・福祉の制度は年々変わってきていて、入院できる日数が減ってきたり、自宅に退院できずに施設や有料老人ホームなどに移り住むようになったりするなど、住む環境もどんどん変わってきています。

でも、どんな環境でも、その人がその人らしく生きようとする環境に変わりないと思います。

なかなか思うようにいかない時や、逆に思うようにいった時でも、ケイさんの

 

「あんたもまだまだじゃのう」

 

の言葉を思い出しながら、その環境でその人らしく生きるための

 

わざ(技)こころ(心)

 

を日々の臨床の中で学んでいます。

 

最後までブログを読んでくださり、ありがとうございます!

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