新米小坊主の小話 讃岐うどんを伝えたのはお大師さま!?

こんにちは。広島の作業療法士の川本健太郎です。

今日は、高野山真言宗 僧侶の川本祐道(ゆうどう)として、密教に関するちょっとした小話(こばなし)をします。

サクッと読めるように心がけていますので、お気軽に読んでみてください。

(*´▽`)ノノ

今日の『お大師さまゆかりの地』は、今回の記事で触れているうどんとお大師さま誕生の地としてゆかりの深い四国八十八ヶ所 第七十五番札所 総本山 善通寺(ぜんつうじ)です。

(*^-^*)

 

讃岐うどんを伝えたのはお大師さま!?


 

お大師さまの生まれた讃岐国(さぬきのくに:現在の香川県)では

 

讃岐うどん

 

がとても有名であり、香川県は別名

 

うどん県

 

としても知られており、人口1万人あたりの「そば・うどん店」の事業所数は

 

5.60事業所

 

全国1位の麺どころとして知られています(2位の山梨県で4.47事業所)。

香川県では県を挙げてうどん県をPRしていて、個性あふれる讃岐うどんがいくつも紹介されているほど、讃岐うどんは地元の人々をはじめ、全国のうどん好きの人々から愛されています。

<出典:香川県観光協会『うどん県旅ネット』

 

ところでこの『うどん』ですが、実はお大師さまが遣唐使で唐に渡った時に、日本に持ち帰ったとする説があります。

一説によると、お大師さまが唐から持ち帰った

 

唐菓子(とうがし)

 

は、小麦粉にあんこを入れて煮てつくるもので、日本に伝来した時には

 

混沌(こんとん)

 

と呼ばれていました。

その言葉が少しずつ変わり

 

検飩(けんとん)

 

となって、さらに調理法も検飩を煮てから熱いうちに食べるようになったことで

 

温飩(おんとん)

 

と呼ばれるようになり、その言葉に方言も加わって

 

饂飩(うんとん)

 

となり、現代の『うどん』になったと言われています。

つまり

 

混沌→検飩→温飩→饂飩→うどん

 

という流れということです。

<参考:うどん伝来の一考察,山野明男>

 

また、お大師さまが唐の都で学びを深めていた時期は、唐の北の地域(華北平原)で小麦の栽培が盛んになって、小麦粉が安定して供給されるようになったことや、それまで手延べでの麺作りが主体だったものから「切り麺」と呼ばれる新しい製麺法が確立されるなど

 

麺文化が盛んに発達した時期

 

と言われていることや、唐の各寺には

 

麺料理専門の僧侶

 

がいたと言われているので、お大師さまが『唐菓子』だけではなく、『麺文化』も日本に持ち帰った可能性があります。

現代の高野山でも、お寺でのお祝いの膳が供される時に、二の膳の後に

 

大広(おおひろ)

 

といってうどんが出されてるので、お大師さまと『うどん』とは非常に関係が深いようにも伺えます。

しかしながら、お大師さまが『うどん』を伝えたかどうかについては、文献や物的証拠は存在しないため

 

古くからの言い伝え

 

とされており、また、実在する資料としては江戸の元禄時代(1688年〜1704年)に描かれた

 

金毘羅祭礼図(こんぴらさいれいず)

 

が『うどん』について描かれている最も古い資料とされているので、お大師さまが活躍された平安時代から『うどん』が親しまれていたかどうかははっきりと分かっていません。

それでも、お大師さま信仰の強い香川県では

 

「讃岐地方で何か分からないことがあれば、お大師さまのなさったこと」

(*˘︶˘人)

 

としておくことや、お大師さま誕生の地として知られている

 

善通寺(ぜんつうじ)

 

では2006年から香川県内の麺産業の新興と発展に感謝の気持ちを込めて年に1回、6月の『大師市(だいしいち)』に合わせて

 

献麺式(けんめんしき)

 

が行われており、讃岐うどんに関係する業者さんや地元の幼稚園児らが、うどんの原料でもある小麦粉や塩、打ちたての手打ち麺、乾麺などを御影堂(みえどう)にお供えをして、僧侶らがお経を唱えるといった行事が続けられています。

『讃岐うどん』の起源についてはいまだに解明されていないところが多いものの、数々のお大師さま伝説の中にあって、お大師さまと非常に繋がりが深い香川県での『讃岐うどん』の人気とお大師さま信仰を合わせ見ると、『讃岐うどん』を通じたお大師さまへの尊敬の念を窺い知ることができると言えるのではないでしょうか。

 

 

<お大師さまゆかりの地>

 

四国霊場八十八ヶ所

第七十五番札所

真言宗善通寺派 総本山 善通寺

善通寺は、唐より戻られたお大師さまが、叔父の阿刀大足が寄進した土地に、唐の青龍寺を模して建立したお寺として、大同2年(807年)に建立が始まりました。

そして、お大師さまの父親の諱(いみな:死後に尊敬しておくる称号)である『善通(よしみち)』をとって、弘仁4年(813年)6月15日に善通寺として落慶法要が営まれました。

善通寺の山号である五岳山(ごがくざん)は、寺の西にそびえる香色山・筆山・我拝師山・中山・火上山の五岳に由来し、その山々があたかも屏風のように連なることから、屏風浦五岳山誕生院善通寺(びょうぶうらごがくざんたんじょういんぜんつうじ)とも呼ばれています。

<善通寺御影堂>

善通寺の総面積は約45,000㎡の広大な敷地を有しており、その境内には創建当時より残る伽藍(がらん)と呼ばれる東院と、お大師さまが誕生された佐伯家の邸宅跡である誕生院(たんじょういん)と称される西院に分かれており、お大師さま誕生所として伝えられています。

<献麺式>

毎年6月に開かれる大師市(だいしいち)では、記事にも紹介した献麺式うどん法要が営まれ、大師市そのものの賑わいとともに、毎年多くの参拝客が訪れています。

所在地:〒765-8506 香川県善通寺市善通寺町 3-3-1

電話:0877-62-0111(代) FAX:0877-62-4302

交通アクセス:善通寺ホームページ

 

 

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