作業療法士の仕事をしていて、一番驚いたのは大学病院で働いていた時の出来事です。
大学病院は日本人だけではなく、多くの外国の人と一緒に働いたり、外国から来られる患者さんへの対応をしたりしなければならず、会話をするのにとても苦労をしましたが、それ以上に学べることが多かったです。
今日は、そんな私の経験から、外国から来る人とどのようにコミュニケーションをとったかについて、Iさんというロシア人との交流を通じて貴重な体験をできたことと、Iさんとの交流で参考にした書籍の紹介も交えてお話をしたいと思います。
目次
高度救命センターでの仕事
大学病院で働き始めてしばらく経ってから、先輩の理学療法士の先生から、当時は珍しかった
「『高度救命センター』で作業療法士として働いてみないか」
と言われました。
新しいことを始めることが好きな私としては、当時流行したテレビドラマの『コード・ブルー』にも憧れていましたので
「ぜひ、チャレンジさせてください!」
とお答えしました。
そんな『高度救命センター』での仕事は、救急車で運ばれてくる人への医療が中心で、手術はほぼ毎日のようにあり、医者・看護師・薬剤師・理学療法士・作業療法士などがチームとして一人の患者さんをみんなで支えていくことが中心でした。
ドクターヘリで運ばれてくる人
他の病院では手の施(ほどこし)しようがない人
より専門性に特化した治療が必要な人
など、あらゆるところからいろいろな病気を持った患者さんが運ばれて来ました。
それよりも驚いたのは、外国から来られる患者さんです。
アメリカ、中国、ロシア、マレーシア、シンガポール、台湾、韓国など、まさにいろいろな国からたくさんの患者さんと巡り合うことが多かったです。
また、大学病院の役割として、カナダ、オーストラリア、シンガポール、インドネシア、ドイツなどから病院の見学(研修)に来られる人が多かったため、英語があちこちで飛び交うことも珍しくなかったです。
そんな中、リハビリテーション科のスタッフは、一部の理学療法士以外はあまり英語が得意でない人もいたため、作業療法に関してだいたい私が担当して対応することが多かったように思います。
実のところ、私もそんなに英語がペラペラ喋れるような人ではないです。
でも、相手の不安や悩みごとをしっかりと聞くためには、最低限のやり取りはできないといけないと考えていました。
そこで、私は自分の英語力を磨くために、いろいろな本を参考にしながら、とにかく実際に使ってみる方法で患者さんとやりとりをしながらコミュニケーションをしっかり取るための努力をしました。
英語でコミュニケーションをとる
普段、私たちは生活の中で、英語を多く使うことはないと思います。
海外にいった時とか、外国の人に道を聞かれた時とか、くらいだと思います。
入院してくる外国の人に対しては、まず「病気の名前と症状」を説明するのが難しいです。
この「病気」はどのような病気で、どのような進行と回復になるのか、場合によっては手術も必要とすることを説明しなければなりません。
「病気」の説明は、ほぼお医者さんがしますが、それでもお医者さんでは説明できない「リハビリの目的や内容」などは私たちが説明しないといけません。
そこで、必ず「言葉の壁」にぶつかります。
患者さんは、慣れないところで手術も控えていて、より不安が強くなります。
でも、話がしたくても、みんな英語を使うことを怖がって患者さんと話そうとしないことが多いです。
そこで私は、まずは患者さんやご家族の不安をしっかり聞くことに時間を使いました。
じゃあ、私は患者さんの話が全部分かるかって言われたら
正直、半分くらいしか分かりません。
もともと英語を使うアメリカやイギリスやオーストラリアの人とはそこそこ話ができるのですが、ロシアの人や中国の人やインドネシアの人などは、母国語(自分の国の言葉)があって、その次の言葉(第二外国語)が英語という人も珍しくないので、お互いに慣れない英語での会話になることも多いです。
でも、「相手をわかろうとする」姿勢を持っていれば、患者さんやご家族は徐々に心を開いてくれます。
そんな中、ある移植術のために大学病院に来られたロシア人ご夫婦と交流する機会があったので、そのことについてお話をしたいと思います。
ロシア人ご夫婦からの依頼
「川本さん、どうしても私たちだと言葉が通じないので、なんとかならない?」
と病棟の看護師さんから連絡がありました。
相手はロシア人のIさんで、本人は奥様から肝臓移植を受けるために大学病院に入院されていました。
移植手術は無事に終わったものの、最初、Iさんは身体中にモニター(計測機器)やチューブ(胸やお腹に溜まった血液など体の外に出す「ドレーン」というものをつけておくことや、尿を出やすくするためのチューブ)に繋がれていて、ベッドから離れられる状態ではありませんでした。
私は最初の面談の時に、Iさんと奥様と同席してもらって、
「なんでもいいから話をしましょう」
と伝えました。
Iさんはロシア語とフランス語しか分からず、英語は中学生レベルくらいの会話しかできなかったのですが、奥様は英語とロシア語ができたので、奥様が中心になってIさんが伝えたいことを私に教えてくれました。
「ここの病院はとても親切にしてくれるけど、何かよそよそしくて、質問をしようとするとみんなササっとその場を離れてしまうので不安になる」
「手術後、夫の足がパンパンに腫れて、それをなんとかして欲しいといってもなかなか応じてくれていない」
「話し相手がいないし、部屋に閉じこもりなので、主人も気持ちがだんだん滅入ってきている」
と言われました。
奥様自身も慣れない生活と言葉の壁と夫の介護で疲れていました。
私はひととおりの話を聞いて、その上で主治医の先生に病棟以外でのリハビリをしてもいいかどうか許可をもらいました。
「川本さんが一緒なら、リハビリ室に連れて行ってもいいよ」
とあっさり許可が出たので、Iさんご夫婦とともに、リハビリ室にある作業療法の部屋での作業療法を開始しました。
足の腫れに関しては、浮腫療法(ふしゅりょうほう)という、むくみを取るための治療を行いながら、しっかりと足を使って全身の体の血の巡りをよくすることをしました。
足の筋力がしっかりついてくれば、必ず足の血流がよくなることを私は知っていたので、浮腫療法と合わせて行ったのが、機械を使った足の筋トレと、『Wii Fit』を用いてゲーム感覚で全身のバランスを取るための運動を行いました。
『Wii Fit』はゲーム感覚で、バランス訓練・屈む姿勢の維持・Wiiバランスボードへ上がったり降りたりする動作の連続などを行うため、かなり疲れます。
それでも、Iさんにはとても参考になったようで、ゲームを楽しみながらも運動のたびに心拍数や呼吸状態を細かく自分で調整して、その内容を常に私にも教えてくださいました。
最初はカタコトのやり取りだったのが、
「何の目的でこの運動をしているのか」
「この運動でどんなところに効果があるのか」
「実際にやってみて体が少しずつ動くようになってきた」
ことなどを実感されるようになり、病棟でも何かあったらIさん自ら
「Mr.カワモトを呼んできてほしい」
と言われるようになりました。
それから3ヶ月、Iさんと奥様と一緒に作業療法を進めていき、Iさんお得意のボルシチを作業療法室にある練習用のキッチンで作ってくれてリハビリのスタッフみんなに振る舞ってもらったり、屋外散歩の許可が出てからは、病院の敷地内約500mを毎日歩かれたりするなど、目に見えて元気になってこられました。
心配していた免疫の過剰な反応もなく、入院から3ヶ月でIさんは無事に退院されました。
退院後、Iさんから言われたこと
退院してしばらくはまだ広島に住んでいるということを聞いていたのですが、ある日Iさんから
「Mr.カワモトと奥さんとぜひ一緒に食事でもいきたい」
という連絡がありました。
私は上司に相談して許可をもらい、食事内容も主治医の先生に確認しながら、場所と時間を調整し、Iさんが好きそうな(入院されていた時に食べたいと言われていた)お店をチョイスして、私と妻とでIさんご夫婦と一緒に食事をすることにしました。
大好きな日本のお肉を食べられて、Iさんはとてもご機嫌になられ、食事会はとても和やかな雰囲気で進んできました。
食事の最後にデザートが出る時に、食事場所から移動してラウンジに行ってデザートを食べている時に、Iさんから私にこう言われました。
「Mr.カワモト、私はあなたほど私たち夫婦のために時間をとってくれた医療者を知りません。
私はもともと他の大学病院で手術を受ける予定だったのが、広島に来て急に病状が悪化して、入院することになりました。
私はとても不安でした。
言葉の壁の心配もありましたけど、慣れない病院で手術を受けることは本当に不安でした。
でも、あなたは慣れない英語で一生懸命に私のための時間を作ってくれました。
妻にもとても親切に説明してくれて本当に嬉しかった。
だから、安心して治療に専念できました。
もし、Mr.カワモトがカムチャッカの私の家に来たいと言ってくれたなら、私は喜んであなた達ご夫妻を招待します」
と言ってくださいました。
私は思わず泣き出してしまい、そんなに思ってくださっていたことにただただ『感謝』しかありませんでした。
今でも時々、Iさんからは連絡があります。
「カムチャッカに来てほしい」という願いにはなかなかお応えできていないのですが、メールでのやり取りなどは今でも続いています。
Iさんご夫妻(左が奥様 右がIさん)(photo by KENTARO KAWAMOTO)
英語を使うために参考にした本
英語に関係する書籍はたくさんありますが、私がIさんとのやり取りをしながら、一番使えた本があります。
『会話もメールも英語は3語で伝わります』 著者は、特許翻訳者/技術英語教師の中山祐木子(なかやま ゆきこ)さんです。中山さんは、特許出願という、非常に難しい仕事を英文で作られ、企業特許などの申請のお仕事をされています。ちょっとだけ聞くと、なんだか難しい本のように思えるかもしれませんが、実は特許申請に必要なのは、「誰がみてもわかりやすい文章」というのが大前提なんだそうです。だから、中学時代に習った英語のなかで、第3文型のS(主語)V(動詞)O(目的語)だけでも十分にちゃんとした文章になりますし、会話であっても非常にシンプルかつ相手にわかりやすく伝わるのです。 |
今回のIさんと奥様とのやり取りのほとんどは、この本に書かれていることを守って行っただけです。
基本的な英語の使い方(SVOの活用)と、相手のことを知りたい・自分のことを知ってもらいたいという熱意があれば、言葉の壁はそんなにないのではないかと思いました。
ちなみに、Iさんと話をしているうちに、なんとなくロシア語もわかるようになり、Iさんとのやり取りでは時々ロシア語でも話ができるようになりました。
まとめ
今日は、私の経験から、Iさんご夫婦とのやり取りを通じて、どのようにコミュニケーションをとったかについて、具体的な例をあげるとともに、参考にした書籍の紹介をしました。皆さんも、仕事に限らず海外旅行とかに行かれることもあると思います。
その時は、まず怖がらず自分のわかる範囲でいいので相手に話しかけてみてください。
相手も、あまり言葉がわからないことくらいは分かってくれる人が多いので、なんとか協力したいという姿勢を示してくれる人も多いです(ただし、観光スポットとかで日本人を狙った犯罪が多い場所は気をつけてくださいね)。
そして、自分のできるところからまずはじめてみてください。
今回の記事を読んで、皆さんが外国から来られた人に思い切って
「お困りごとはありませんか?」
「私にできることはありますか?」
でも良いので、何か自分の世界が広がるような、そんなお役に立てることができれば嬉しいです。
最後までブログを読んでくださり、ありがとうございます!
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拝読させていただきました!
言葉の壁じゃなくて心の壁がコミュニケーションを難しくしているんですね。
相手は伝えたい、こちらも解りたいし伝えたいって原点に戻れば、努力次第で大事な事は伝わっていくんだなぁと思いました。
患者さんご夫婦の笑顔が素敵ですね。