新米小坊主の小話 困っている人たちを助けるための行動

こんにちは。広島の作業療法士の川本健太郎です。

今日は、高野山真言宗 僧侶の川本祐道(ゆうどう)として、仏教に関するちょっとした小話(こばなし)をします。

サクッと読めるように心がけていますので、お気軽に読んでみてください。 

(*´▽`)ノノ

今日のアイキャッチの画像は、本編にも登場する満濃池(まんのういけ)と讃岐山脈(さぬきさんみゃく)の写真です。

 

満濃池(まんのういけ)の工事を命じられる


 

お大師さまの生まれ故郷である

 

讃岐の国(さぬきのくに:今の香川県)

 

は、もともと雨が少ない地域で、住民は田んぼや畑を作ることにとても苦労していました。

西暦821年に、お大師さまのところに讃岐の国の国司(こくし:今でいう県知事)から

 

「決壊した溜池(ためいけ)の修復に力を貸して欲しい」

 

との要請がありました。

その溜池は雨が少しでも多く降ればすぐに洪水を引き起こす原因になっていて、国を挙げての工事を何度も行っていたのですが、なかなか工事が思うように進んでいませんでした。

国司はすがるような思いでお大師さまに助けを求めました。

この時、お大師さまは48歳。

西暦816年に嵯峨天皇より

 

高野山

 

を賜り、真言密教の修禅(しゅうぜん:修行のこと)の道場として高野山をはじめとする寺院で真言密教を確立するために必死になって取り組んでおられた時期でもありました。

また、嵯峨天皇から中務省(なかつかさしょう:天皇に侍従して国の正式な文章の作成や官僚への教育指導を行う部署)に移り住むように言われ、官僚たちの教育も任されていました。

しかしお大師さまは

 

「このままだと、また洪水が起きてしまい、田畑も荒れて農民たちが苦しむことになる。

 

苦しんでいる人々を放っておくことはできない

 

と言われ、真言密教に関することや官僚の教育に関する取り組みから一旦離れることを決意されます。

そして朝廷から

 

築池別当(ちくちべっとう)

 

という、土木工事の責任者という役職を任され、讃岐の国に行かれます。

お大師さまが讃岐の国に来られた時、地元の人々はお大師さまを心から歓迎しました。

 

困っている人がいるならば、自分のしたいことをするよりも、困っている人たちを何とかして助ける

 

お大師さまのこの思いと行動力は、困難な状況や困っている人に向き合う、現代の私たちにも通じるのではないでしょうか。

 

 

<お大師さまゆかりの地>

 

満濃池(まんのういけ)

満濃池は、平安時代に書かれた『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』という説話集に「海なとのやうに見えたり(まるで海を見ているようだ)」という表現で出てきます。

2分くらいの動画で満濃池の紹介をされています>

満濃池そのものは、西暦700年頃に作られたとされています。お大師さまが大規模な改修工事をして以降、およそ300年間は決壊することなく、地域の住民たちの生命の水として大切に使われてきました。

農業用の溜池としては、日本最大の貯水量をほこり、溜池としては全国初の国が指定する『名勝』として2019年に登録されました

1分半くらいの動画で満濃池の「ゆる抜き」の紹介をされています>

また、お大師さまの誕生日にあたる毎年6月15日には、「ゆる抜き」と呼ばれる水門を開く神事(しんじ)が行われ、1年間の豊作祈願とともに、田畑に潤いをもたらす行事として今も続けられています。

所在地:〒766-0024 香川県仲多度郡まんのう町神野

交通アクセス:農林水産省ホームページ

 

 

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