作業療法士の仕事は、どれだけ相手が作業療法に対して『やる気』になってくれるかにかかっています。
どれだけ正しいことを相手に言っても、『やる気』に繋がらなければ、誰も作業療法を受けたいとは思いません。
『相手のやる気を引き出す4つのコツ』の第一回目は、『相手のことをよく観察する』についてお話をしました。
今回は第二回目として『相手に合わせていろいろと工夫する』についてお伝えしようと思います。
今回は、私が担当した事例を参考にお伝えするので、事例の部分が長くなります。
事例が長く感じて結論だけが欲しいと思う方は、目次から目的の項目までジャンプしてくださいね。
目次
『相手に合わせていろいろと工夫する』〜事例を通じて学ぶ〜
トクさん(仮名 男性)は私が働いている病院に、脳梗塞(のうこうそく)で運ばれてきました。
脳梗塞とは、脳の血管などが何らかの原因で詰まってしまい、その結果、体の半分がマヒ(麻痺)して動かなくなったり、言葉がうまく出なかったり、箸をうまく使えなくなったり、などといった『目に見える障害』と、考え方が変わったり、記憶力が急に下がったり、事実を間違えて認識したりする、などといった『目に見えない障害』があります。
また、服の着方や靴下の履き方が分からなくなって混乱・または間違って着ていることに気づかない、自分の身体半分の感覚が無くなっているまま歩いたり車いすを動かして人や物にぶつかるけれどもそれに気づかない、などといった『目に見える障害』と『目に見えない障害』の両方を持ち合わせることも少なくありません。
トクさんは、救急車で運ばれて、命は助かりましたが、右側半身がマヒした状態になりました。
救急車で運ばれた翌日からリハビリテーションの処方が出されて、理学療法士と作業療法士がトクさんに関わることになりました。
理学療法士、作業療法士、ともに若いセラピストが担当することになりました。
当時の私はリハビリテーション科長として、若いセラピストと一緒に働く一方で、管理職をしていたので、個別に患者さんに対応する機会は少なくなっていました。
若いセラピストたちは、トクさんの寝ているベッド周りでのリハビリから始め、少しずつ状態が落ち着いてきてからは、ベッド周りでのリハビリとともに、リハビリテーション室という、リハビリに必要な機材が整っている場所でのリハビリをするようになりました。
トクさんは毎日リハビリ室に来て歩く練習をしたり、自分で着替えができる練習をしたり、慣れない左手で食事をする練習をしたりしていました。
ベッド周りでも、自分の力で起き上がって車いすに安全に乗れる練習をしたり、車いすでトイレに行く練習をしたり、病棟にあるシャワー室でボディーブラシを使って左手で体を洗う練習をしたりしていました。
トクさんは車いすでの移動が中心でしたが、目に見えて身の回りのことができるようになっていました。
トクさんの不満
ある日、トクさんを担当していた作業療法士のAさんから、トクさんのことで相談があると私のところに言ってきました。
「実は、トクさんの希望もあって、服を着る練習とか、お風呂に入る練習とかをしていたんですけど、最近は私が声をかけても、『今日は気が乗らない』って言われて拒否されてしまい、リハビリが進んでいないんです。
もうすぐ退院が近いので、ご自宅の家の造りとかも見学させて欲しいことを伝えても、『来なくていい』って言われるんです。
川本先生、一度トクさんの作業療法をしているところを見てもらえませんか?」
と言われました。
Aさんはトクさんとの関わりの中で、仕事に対する自信が無くなってきたということも私に伝えてきました。
私はてっきり、トクさんのリハビリは順調に進んでいると思っていたので、少し戸惑いましたが、まずはAさんからの相談に乗ることにして、トクさんが作業療法をしている場面をまずは見せてもらうようにしました。
次の日、Aさんと私はトクさんの部屋に一緒に行きました。
私はトクさんに会って、改めて自己紹介をした上で、
「今日はトクさんの作業療法の場面を見学に来させてもらいました。お時間をいただいてよろしいでしょうか?」
と尋ねました。
トクさんはニコリとして
「よろしくお願いします」
と軽くお辞儀をされ、私の見学を了承してくださいました。
トクさんはAさんが言うことにうなずきながら、車いすに移って一人でトイレに行き、少し動きにくそうにしながらもAさんが上手に声かけと体のサポートをしてトイレの一連の動作をほぼ問題なくされていました。
作業療法室に場所を変えてから、トクさんは作業療法室にある練習用のお風呂場で、座った姿勢のままお風呂に入れる福祉用具を使って、片足ずつ浴槽の中に入って浴槽の中に置いてある椅子に座り、Aさんに少し体を支えてもらいながらも浴槽から出て再び車いすに座るまでの動作をほぼ問題なくされていました。
私は首をひねりました。
「トクさんへの関わり方でAさんに間違いはないと思うけど、どうしてトクさんは『気が乗らない』って言って拒否されているのだろうか?」
と思いました。
念のために、トクさんとAさんに
「普段と違うことをしていますか?」
と聞きましたが、二人から返ってきた返事は
「いつもこんな感じでしていました」
とのことでした。
ただ、Aさんはあれだけ拒否していたトクさんが、私と一緒の時には明らかに態度が違うと戸惑っているようでした。
そこで、トクさんにAさんとの作業療法について改めて聞いてみました。
するとトクさんは
「Aさんはね、若いのに、よくやってくれますよ。私のような者に時間を作ってくれて本当にありがたいんです。
でもね、私はAさんに来て欲しかったんじゃないんです。
川本先生、あなたに来て欲しかったんです」
と言われました。
私は思わず
「え?」
と思いました。
最初は、トクさんが何が言いたいのか分からなかったのですが、時間もあったので、作業療法室でトクさんとAさんと私と3人とで少し話をすることになりました。
トクさんの気持ち
トクさんは、第2次世界大戦の時に、海軍の将校として戦場に行き、海外で終戦を迎えられました。
終戦当時は『少佐』という役職にあって、部下を1000人ほど率いていたそうです。
終戦当時の混乱の中、一人の部下も見捨てないで、全員無事に日本に連れて帰ったことがトクさんの誇りだったそうです。
終戦後は、日本でも有数の造船会社などの役員をして、定年後は、造船会社の関連会社の役員をしながら、自宅のある酒屋で若い社員たちの面倒を見てきたそうです。
そんなトクさんが今回、脳梗塞で倒れ、入院をしてリハビリを受けることになった時に、Aさんの上司である私が最初の挨拶くらいにしか顔を出さなかったことが、トクさんとしてはとても不満だったそうです。
トクさんは自身の話をしながら
「僕はね、長い間、部下の面倒も見てきたから、自分なりに『上司のあるべき姿』みたいなものがあるんですよ。
本来であれば、まず、リハビリの科長をしている川本先生が僕を担当して、それから若い子に経験を積ませるためにAさんに引き継ぐなら僕も納得できるんです。
でも、最初からAさんが僕の担当だったでしょ。僕はね、Aさんが間違ったリハビリを僕にしているとは思わないけど、川本先生がまず僕をみるべきでしよ」
と言われました。
私としては、若いながらもとても頑張り屋のAさんに最初からトクさんを任せておけば大丈夫と思っていたのですが、それはあくまでも私の勝手な思いであって、私が良かれと思ってしたことが、逆にトクさんとAさんとの関係だけではなく、作業療法に対する不信感を招いてしまったように思い、とても反省しました。
そこで、トクさんに謝罪するとともに、引き続きAさんが担当することと、定期的に私がAさんのフォローアップをする形で関わらせて欲しいことを伝えました。
トクさんは
「それが、人を率いる者の役割だと思いますよ」
とニッコリと笑顔で応じられ、それからAさんに対してトクさんは
「僕のわがままを聞いてくれてありがとう。
僕が何を言いたかったのか、あなたがつないでくれたおかげで、川本先生に僕の思いを話すことができたから良かったです。
これからもよろしくお願いします」
と言われました。
Aさんはホッとした様子で
「トクさん、これからもよろしくお願いします」
と言いました。
それから、トクさんはAさんとの作業療法を断ることはなくなりました。
私も定期的にトクさんとAさんのしていることを一緒にみながら、必要なアドバイスをするようにしました。
また、Aさんには
「何かあったら、また遠慮なく言ってきてね」
と伝えた上で、
「Aさんのトクさんに対する関わり方には問題はないと思うから、自信を持ってトクさんに作業療法を提供してください。何か気づいたら、私もAさんに伝えるからね。」
とAさん自身のサポートもするように心がけました。
トクさんは退院前の家への訪問も受け入れてくださり、家の中で必要な住宅の改修などもAさんの見立てを確認しながら進め、退院されました。
退院後のサポートとして、訪問でのリハビリを実施することが決まった時には、Aさん自らが
「私が引き続き担当させてもらいたいんですけど、よろしいですか?」
と私とトクさんに申し出てきました。
もちろん、トクさんはAさんの訪問でのリハビリを快く了承してくださった上で、私に対して
「川本先生も、たまには僕の家に来てくださいね」
ということもしっかりと言われました。
『相手に合わせていろいろと工夫する』〜トクさんから学んだこと〜
よく、何か問題があった時には
「上司を呼んでこい!」
と言われる方がいます。
その多くは、『若い人=経験不足』だから『もっと話のわかる人=上司』に直接苦情を言いたい、あるいは本当に上司でないと決断できない問題解決の方法を望んでいることだと思います。
一方で、トクさんのように、
『上司のあるべき姿』
を持っている人もおられます。
トクさんの思いに対して、
「あなたの価値観を押し付けるのはおかしい」
「部下のしていることは間違っていないから取り合わない」
と言うことは簡単かもしれません。
でも、その方法では、トクさんは決して納得はされなかったと思います。
もし、そんなことを言ったら、今までトクさんとAさんが一所懸命取り組んできたことが全て台無しになったと思います。
だからこそ、私はトクさんの思いに合った接し方=『相手の価値観』に合わせた接し方をするようにしました。
また、Aさんに対しては、
「間違ったことをしていないので、自信を持ってトクさんに関わって欲しい」
ということをきちんと伝えることで、自信を無くしかけていたAさんが自分の役割にしっかりと向き合うことができるようになったと思います。
結果的に、私でもAさんでも、トクさんへの関わり方はあまり変わりがなかったとしても、そこにトクさんの『納得』が入るための『工夫』ができているのとできていないのとでは、今後の展開は大きく違っていたのかもしれません。
まとめ
今回は、『やる気を引き出す4つのコツ』のその2である
『相手に合わせていろいろと工夫する』についてお話をしました。
『相手に合わせていろいろと工夫する』ことは、『自分の価値観』ではなく、『相手の価値観』を大切にして、『相手に合わせて工夫をする』ことについて、事例を通してお伝えしました。
その中で、
①トクさんの『価値観』を大切にする
だけではなく、
②作業療法士のAさんが取り組んできたことも大切にする(少なくとも、間違った関わり方をしていないことを保証する)
ことも、『相手に合わせて工夫をする』ことに繋がっているのです。
今の仕事や人間関係で、すぐに実践できるかどうかは難しいところですが、もし、今、仕事や人間関係でうまくいっていないことがあれば、今回の内容を繰り返し読んでいただき、まずは自分のできているところとできていないところを確認してもらい、少しでもできるところを増やしてみてはいかがでしょうか。
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